泳いだ日

水着を買ったので、人が少ない平日を狙ってプールに来た。
いや正確にはプールでいっぱい泳ぎたかったから水着を買ったのだった。
ほんとは家の近くにある市営プールに行こうとしたが、
本来なら月曜日が休館のそこは、しかし昨日の月曜日が海の日で祝日開館していた為、
今日が振替休館となっていた。
水着とタオルを持って家を出た後に気づいたので、その足で急遽ここに来た。
 
平日の施設の入り口には誰も見えなかったが、高校生の男の子たちが私を追い越していく。
泳ぎたいと思ったのも、ここで泳ぐもの6年ぶりなため、
受付の場所が分からなかった私は彼らに着いて行くことにする。
私が中学生の女の子だった時に感じた、登下校ですれ違う高校生の男子の群れに対する恐怖のようなものは、
薄くなったし当時のリアリティがある訳ではないが、まだどこか根付いている気がする。
なので彼らを追い越して、違うエレベーターを使うことにする。
 
大人1人で、あとすみません、
スイムキャップを忘れてしまったのですが、お借りできますか?
そういって1人分の入場券とスイムキャップを手に入れて更衣室へ向かう。
 
更衣室にもお手洗いにもシャワールームにも、誰もいなかった。
誰の気配も感じることなく裸になるって少し奇妙で楽しい感覚だ。
 
更衣室に入ったのと逆方向に出ると、そこには50メートルのプールが広がっている。
コースの奥のほうには、高校の水泳部がコースを貸し切って練習をしているのが見える。
どのコースにも3・4人の人がいるものの、50メートルの間にいるのだから、人同士の間隔はまばらだ。
私はそこを通り過ぎて25メートルのプールへと続く廊下へ向かう。
 
入水し、泳ぐ。このコースには誰もいない。
右側通行で、平泳ぎを。クロールを。背泳ぎを。
25メートルを4往復もすれば顔が熱くなる。
泳げるということは、泳ぐことができる環境に自分を向かわせてあげて成立するご褒美なのだと実感する。
最初は何も考えずに泳いでいたが、1時間を過ぎたあたりで色々と遊び始める。
頭を下げて抵抗を減らそう。クロールの息継ぎを4回目にすると早くなるのか。背泳ぎは足だけで進むのか。
ビート版を手に泳ぐことにする。
普通に泳ぐのは飽きた気もして、何キックで25メートルを泳げるのかをはかることにする。
最初は平泳ぎ27キック。おやおやと思い、次はキックの推進力を存分に待って、ゆっくりと16キック。
ドルフィンキックだとどうなるのだろうと、試してみる。こちらも16キック。その後はどちらも16キックを切ることなく泳ぎ続けた。
黙々と泳ぐことはこんなにも気持ちがいい。自分の身体を自分で使っているというだけで気持ちがいい。
 
2時間と少し泳いで今日はもう終わりにする。プールから出た途端、二の腕の裏が痛いことに気づく。なんとなく腹筋の奥も痛いような気がする。何より眠い。
今日私が歩けるのはあと何メートルというリミットが急に現れて、どんどん減っていくような気がする。私はそのリミットが0センチになる前に、ちゃんと家に帰れるだろうか。
 
にしても、精神衛生上でも運動が大事だというのはほんとだった。私はそれを確かめたくて考えたあげくプールに狙いを定めたのであった。それが確かめられたのはとてもとても重要で、やはり私が健全に生きるためには身に付けるべき価値観であるように思われた。
今年はあと何度私は泳げるかなぁ。